地域医療の明日をみつめる 厚生連高岡病院ホームページにようこそ。

厚生連高岡病院

〒933-8555 富山県高岡市永楽町5番10号
TEL 0766-21-3930(代) FAX 0766-24-9509
文字サイズ変更
文字サイズを小さく
文字サイズを大きく
厚生連高岡病院トップページヘ
厚生連高岡病院のアクセス情報へ
Loading

ニュース&トピックス

プレス ニュース

2012年6月1日

ntp-b458

2012年6月1日 NHK ナビゲーション
「余命を決められますか~
胃ろうに揺れる看取りの現場~」放送

 

副院長 消化器内科診療部長 寺田光宏
 

 terada-dr-2

認知症の終末期医療における胃ろう造設に関して、NHK(ナビゲーション)の取材を受け、当院のNST(栄養サポートチーム)活動が紹介されました。
なんらかの理由で経口摂取が困難となった患者さんに、胃ろうを造設して栄養素を補給するという医療行為は、栄養療法において最も生理的で極めて有用な方法であり、この方法が、これまで多くの患者さんの栄養状態の改善に寄与してきました。つまり、経口摂取ができずこのままでは栄養不良で生命にかかわる状況になることが予想される患者さんにおいても、胃ろうを造設することで栄養不良が原因で命を落とすリスクがかなり減少できるようになったということです。(もちろん、経静脈的に輸液をするTPNという方法もありますが、これは感染症を併発するというリスクや、胃ろうに比べ非生理的な方法である、また医療行為ができない施設では行えない、等などから長期間の栄養療法の手段としては、胃ろうに劣ります。)
さて、それでは、今回のテーマである、認知症の末期で経口摂取ができなくなった患者さんに、このまま栄養療法をしなければ、いずれそう遠くないうちに生命にかかわる状況になってしまうであろう患者さんに、胃ろうという極めて優れた方法で栄養療法を導入するかどうするかという問題になります。その場合、認知症が原因で経口摂取ができなくなったといっても色々な状態の患者さんがおられるわけです。つまり、ある程度意思疎通ができたり、ある程度の活動ができる患者さんから、全く意思疎通ができず四肢が硬直し一日中ベッドで天井を向いて寝ておられる患者さんまでおられるわけです。ある程度意思疎通ができたり、ある程度の活動ができる患者さんに対しては、当然胃ろうで栄養状態を改善してあげるべきと考えます。問題は、老年医学会の立場表明2012やガイドラインで想定している患者さんは恐らく、全く意思疎通ができず四肢が硬直し一日中ベッドで天井を向いて寝ておられる患者さんで、このようになった場合に胃ろうを造設して栄養療法をどうするかということです。もちろん胃ろうを造設すれば年単位で生命が維持できる可能性があります。しかし、生命が維持できてもこれまでの経験からは現在の状態から改善することはマズ考えられません。つまり言葉は悪いですがただ生かされているという状態が続くわけです。立場表明やガイドラインでいう、「尊厳を持って生きている」、「人生の物語をより豊かにしうる」という生き方は到底望めない状態が続くわけです。
ここからが色々と意見が分かれるところです。その場合、あらかじめ患者さんの事前意思表示(リビング・ウィル、等)があれば、本人の意思を尊重するでしょう。しかしほとんどの場合意思表示をあらかじめしている患者さんはいません。また、現在も意思表示をできない場合がほとんどです。となると、家族の意見・意向が重要となり、医療サイドと家族との話し合いになるわけです。その場合、医療サイドの情報提供の仕方が問題となります。例えば、「胃ろうしかないでしょう」「胃ろうにしますか、どうしますか」というような言い方では、胃ろう造設を誘導することにもなりかねません。しかし、医療サイドとしては通常は医学的に生命を維持できる方法がありながらそれを勧めないということにはかなり抵抗を感じます。実際我々はこれまでこのような患者さんに対して家族との話し合いの中で、胃ろうを造設したほうが良いのではという思いを持ちながら話し合い、最終的に家族との合意という形で、多くは胃ろうを造設してきました。しかし、頭のどこかでは「ただ生かされているという状況が続くことがほんとうにこの患者さんにとって意味のあることなのか?」ということも感じていたことも事実です。今回、立場表明やガイドラインが世間に公表されたことで、これまで頭のどこかで納得しきれなかったことを、学会が公の場で言ってくれたことで、自分だけではなく多くの医療者が同じことを感じていたんだ、このような問題に関して、家族との話し合いの中で、医学的立場だけではなく、倫理的な立場でも、もっと議論しなければならないんだということをもっと積極的に提言するきっかけになったと思います。
それでは、この問題(認知症の末期となり、全く意思疎通ができず四肢が硬直し一日中ベッドで天井を向いて寝ておられる患者さんに胃ろうを造設して栄養療法をすべきかどうか?)に今後どうしていくのが良いかです。
マズは、癌の終末期の現場では現在広く行われている事前の意思表示を、認知症の末期で経口摂取ができなくなった場合にどのような対応を望むか、ということに対しても行っておく。ことを、今後はもっと世間に広め、問題意識を持ってもらうことが重要と考えます。老いは全ての人にとって何れは訪れる、避けては通れない問題ですから。しかし、現時点でそのような事前意思表示をしている人はほとんどいないのが現状であり、現実的には、家族や友人と医療・介護チームとの十分な協議をして決めることになります。その場合、医療サイドは医学的な面だけではなく倫理的な面も考慮せねばならぬし、家族サイドは自分たちの都合だけで判断しないようにせねばなりません。そうなると、純粋な医学的な問題というよりは(なにがなんでも生命を長期に維持させるという医学的な面のみから決定するとなると、胃ろうを造設したほうが生命を維持できる可能性が高いわけですから全ての患者さんに胃ろうを造設するという極めて明快な結論になります。)、個々の死生観、命をどう考えるか、さらには宗教観の問題となるように思います。すなわち、すべての患者さんに統一した対応は不可能であり、同じような病状の患者さんでも、この方には胃ろうを作ってあげよう、この方には胃ろう造設はやめましょうということになると思います。
今回の、立場表明やガイドラインの世間へのメッセージにより、「なにがなんでも胃ろう」というケースは減ってくるのではないでしょうか。
認知症の終末期医療における胃ろう造設でお悩みの患者さんは、ぜひ一度当院の栄養サポートチームに御相談してみて下さい。

                           

副院長 寺田光宏