妊娠と炎症
(医局研究会 2010. 6.16)
産婦人科 佐々木 泰
妊娠の期間は生物の種によって一定で人間ではおおよそ40週間(280日間)です。正常妊娠は決して病的な状態ではありませんが、母体は妊娠期間を通して非妊時とは大きくことなる特殊な生理状態に身を置くこととなります。
胎児は母体と種は同じであるが、由来が異なるものであり(semiallograft:(半)同種移植片)、同種異系の胎児を胎内に許容する妊娠という現象は一種の移植と捉えることができます。
そして妊娠という移植現象を維持するために免疫寛容(tolerance)を主とした、さまざまな妊娠維持機構が存在することが明らかにされています。
免疫学的にみた妊娠維持機構には以下に示したものがあります。
・自由絨毛における主要組織適合性抗原の欠如
・付着絨毛におけるHLA-G、HLA-E、HLA-Cの発現
・補体制御蛋白(CD46,CD55、CD59)の発現
・Fas ligandの発現
・免疫制御因子(α2glycoprotein,AFP,TGF-βなど)
・サイトカイン:Th1/Th2バランスがTh2優位
・IDOの発現
・制御性T細胞
これらに共通する特徴は、1.主として母児接点の場である胎盤(絨毛周辺)で認められること、2.妊娠全般を通して認められるが、特に胎盤が完成するまでの妊娠初期に重要な役割を果たすこと、そして3.正常に機能しなかった場合異常妊娠や流早産につながることなどです。
妊娠初期、胎児組織である栄養膜細胞(trophoblast)は子宮の脱落膜に侵入し、子宮らせん動脈の血管内皮の粘膜筋板(muscuro-elastic coat)を置換します。これにより収縮性を失ったらせん動脈は母体自律神経の支配を受けずに絶えず胎盤内(絨毛間腔)に血流を供給することとなり、胎児発育に必要な胎盤環境が形成されます。
前述の免疫学的妊娠維持機構が十分に機能しなかった場合、母体にとって半分異物である絨毛の侵入が阻止された結果、胎盤の形成不全や血流障害が発生します。
これらは流産の原因となるほか、流産を免れた場合でも低酸素による胎盤障害を生じ、母体血中への胎盤組織流出を惹起した結果、免疫反応による母体の全身性の血管内炎症ならびに血管内皮障害を引き起こし、妊娠高血圧症候群を発症させることが明らかになっています。
そして、自己免疫疾患や歯周病などの慢性炎症には母体の免疫学的妊娠維持機構あるいは免疫寛容の破綻に影響を及ぼす可能性があることが明らかになっています。