(2021/01/13)
耳鼻咽喉科 宮川 祐介
今回は3つのトピックを紹介させていただきます。1つ目は、好酸球性副鼻腔炎の診断・治療について。2つ目は、スギ・ダニに対する舌下免疫療法が学童期への適応拡大したこと。3つ目は、重症スギ花粉症に対しての抗IgE抗体療法が当院でも使用できるようになったことです。 (1)好酸球性副鼻腔炎は2001年に春名教授が難治性の副鼻腔炎の鼻茸・粘膜をしらべたところ好酸球の浸潤が強いものが多数みられるとの報告により、副鼻腔炎の病態の一つが判明することになりました。2011年以降福井大学の藤枝教授のJESREC studyにより好酸球性副鼻腔炎の臨床診断基準が確立しました。気管支喘息などと関連し、難治性で長期的な管理が必要な副鼻腔炎と言われています。当科では右のような治療方針に沿って診療を行っております。 現在副鼻腔手術は一般的に鼻内視鏡下で行います。鼻の中は副鼻腔さらに蜂巣(cell)と言われる細かな部屋がある状態です。その部屋が閉鎖または入口部が狭いと細菌や真菌がたまって粘膜の炎症を来し、膿性鼻汁・鼻閉・頭痛・嗅覚障害などの症状がでます。手術の目的としては細かな部屋を大きな一つの大部屋にするイメージで、それによって排出口拡大、さらに含気化をうながすことになり炎症が鎮静化することになります。さらにステロイド点鼻や鼻洗浄などの局所治療の有効性が格段に高まります。 当科では2020年度58例の鼻内視鏡下鼻副鼻腔手術を施行しました。2018年度23例、2019年度34例と徐々に症例数も多くなっています。ご紹介いただいている近隣の医療機関の先生方には重ねて御礼申し上げます。58例全例で重大な副損傷なく患者さんのQOLアップにつながっています。副鼻腔炎に対する治療の他、当院では構造の改善・鼻炎症状の改善のために、鼻中隔矯正術・粘膜下下甲介切除術、後鼻神経切除術も積極的に行っています。基本的には全例でナビゲーションシステムを使用し、患者さんの安全性の確保・手術精度を高めるように心がけています。 さらに気管支喘息やアトピー性皮膚炎ですでに使用されていたIL-4/13をターゲットにした生物学的製剤であるデュピルマブが、2020年3月鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎においても適応となり、手術後の再発症例や全身ステロイドで改善の乏しい難治性の副鼻腔炎に対する新たな治療薬の選択肢となりました。高額な薬剤で、適応条件もあるため、投与の判断は慎重に決定しています。 (2)2014年秋にシダトレン、2015年冬にミティキュアが発売され、スギ花粉症やダニによるアレルギー性鼻炎の根治を期待できる舌下免疫療法が治療の選択肢となりました。皮下免疫療法に比べると、注射がなく苦痛が少ない、自宅でできる、アナフィラキシーの頻度が極めて少ないなど利点があります。毎日の投与が必要で、3年を一つの目標に治療継続必要です。2018年からは5歳以上のお子さんにも投与可能となり、アレルギーの克服により人生の重要な時期の勉強・運動・睡眠の質がよくなる可能性があります。非常にまれですがアナフィラキシー症状は命にかかわることがありますので、救急・小児科対応が可能な当院で投与を開始し、アナフィラキシーのリスクが低くなり、口内の掻痒感・浮腫などの副作用が安定した状態で開業医の先生に紹介するのが望ましいと考えています。症状がひどい方や薬の効果が乏しくなってきたなどアレルギー性鼻炎でお困りの方は一度当科にご相談ください。 (3)重症のスギ花粉症でお困りの方は、スギ花粉と結合した特異的な抗体をブロックする抗IgE抗体療法が有効です。2週間もしくは4週間に1回の皮下注射を行うことによって、鼻水やくしゃみの症状が改善されます。スギ花粉が飛散している時期に限定して行いますので、富山県では12月末から5月頃までの投与が望ましいとされています。抗IgE抗体療法は、花粉症すべての方に適応があるわけではありませんので、鼻水が出て受験勉強に集中できない、春先のゴルフで鼻水やくしゃみが出て困っているといった方は、早めに当科にご相談ください。
(2015/12/20)
・頭頸部がんとは、どんながんですか? 頭頸部がんとは、頭蓋底から鎖骨の上の範囲に発生するがんのことをいいます。喉頭がん(こうとうがん、呼吸をして声をだすのど)、咽頭がん(いんとうがん、息をしたり飲み込んだりするのど)、甲状腺がん、舌がん、上顎がんが代表的ですが、まれに耳の中やつばをつくる唾液腺にもがんは発生します。耳鼻咽喉科が日頃から診察、治療している部位で、以前から我々耳鼻咽喉科医が責任を持って診療にあたってきました。がんは全身の疾患であるので、医師が中心の耳鼻咽喉科での治療がより適切であると考えられます。喉頭や、咽頭、口腔ではタバコや飲酒が大きなリスクファクター(危険因子、発生要因)となっています。禁煙やお酒を控えることにより防ぐことができるがんです。日本では年間8000−9000人程度の方が頭頸部がんでなくなっているものと推定されています。これは胃がんの約6分の1程度です。 甲状腺がんはその他の頭頸部がんとは異なり、タバコやお酒との関連は証明されていません。甲状腺はホルモンをつくる内分泌臓器で他の頭頸部癌とは取り扱いが異なります。繊細な手術の技術が要求されます。
・診断はどのようにおこなうのですか? 頭頸部がんは比較的観察しやすい部位で、例えば口の中であればすぐに見えます。しかしながら意外に見過されたり、症状を我慢して、進行がんになってから受診される方も多くみられます。 診断は肉眼での診察や、内視鏡を使用した診察で疑わしい部位があれば、その部位をすこし採取して組織検査を行います。これを生検といいます。これでがんと診断がつけば、次は進行度を調べます。そのために部位や状況に応じてCTやMRI、PET-CT検査を行います。中には診断が困難で検査のための手術を要する場合や、血液中の腫瘍マーカーを測定することもあります。 甲状腺がんでは超音波検査と、針生検(細い注射の針で細胞をとってしらべる)が標準的な検査です。
・治療はどのようにおこなうのですか? 頭頸部がんは顔や口、のどの病気ですから、むやみに大きく切除すると手術後に顔が変形したり、発音が不明瞭になったり、食べ物の飲み込みが困難になったりします。現在では手術、放射線治療、化学療法(抗がん剤)をうまく組み合わせて、なるべく障害が小さくなるように工夫して治療を行います。 一般的に早期がんであれば、手術は比較的短期間に治療が終了します。 放射線治療は、一回の治療は数分ですが、すべてを終了するのに6−7週間ほどかかります。これは放射線の副作用を抑えるためにすこしずつ照射するためです。最近では外来で通院しながら治療するかたが増えています。 化学療法は最近進歩が著しく、新しい治療法が次々に開発されています。抗がん剤は効果と副作用が同時に出ることが多く、この治療法に詳しい専門家チームの関与が必要です。当院は地域がん診療拠点病院で特に化学療法に優れた病院 として指定をうけています。 当科では抗がん剤の治療ではTPF療法といわれる強力な抗がん剤を3剤くみあわせた効果的な治療法を積極的に行っています。この治療法は効果も強力ですが、副作用(有害事象)も強くでますので、しっかりとした支持療法(吐き気や、発熱、食欲不振などへの対策)を行って安全に施行しております。 また2012年末に頭頸部がんに待望の分子標的薬アービタックス®(セツキシマブ)が頭頸部がんで認可され使用可能になり、その後新しい薬剤が続々と開発されています。
・再発転移癌では、オプジーボ(免疫チェックポイント阻害剤) の使用も認可され今まで有効な治療法がなかった患者さんでも効果をあげています。腫瘍内科と共同で治療にあたっています。 ・2019年12月末には2剤目の免疫チェックポイント阻害薬であるキイトルーダ も認可されました。再発転移頭頚部癌の初回治療として使用可能で、効果が期待されています。実際当科でも、従来の治療で効果が期待できないような症例で目をみはるような効果を確認しています。
甲状腺がん では、外科的にきちんと切除することが大変重要です。周囲の神経や、気管や喉頭にひろがっている場合は特別な処置が必要です。術後は放射性ヨードの内服治療や甲状腺ホルモンの補充療法が必要になる場合があります。当科ではのどの神経を安全に保存して、また副甲状腺(カルシウムを調節するホルモンをだす)を確実にのこすように細心の注意を払っています。当院では安全性を重視して従来法(外切開)をおこなっています。内視鏡手術はおこなっておりませんのでご了承ください。
・当科の具体的な治療方針は? おおまかな概略をお示しします。 喉頭がん、咽頭がんでは 早期 放射線治療だけで高率に治癒、場合によってはレーザー切除など。 進行期 放射線治療と化学療法の同時併用または手術。残存、再発した場合は手術。
舌がんでは 早期 2cm以下では切除が中心です。 進行期 強力な抗がん剤療法と放射線療法または再建を伴う手術。これら治療で残存、再発した場合は移植をともなう拡大再建手術。
上顎がんでは 早期 内視鏡での切除や上顎部分切除。 進行期 強力な抗がん剤療法と放射線療法または・かつ手術、残存再発した場合拡大手術を追加。
耳下腺がんでは 早期 手術による摘出。 進行期 切除と切除後放射線治療(化学療法併用も)。神経再建や顔面形成も同時に行います。
甲状腺がんでは 早期 甲状腺半切と中心部リンパ節郭清。 進行期 甲状腺準全摘または全摘と中心部、側頸部リンパ節郭清。のどの神経(反回転神経)や副甲状腺の温存に努めています。
・その他の治療法 頭頸部再建手術 進行がんで再発した場合、ある程度の機能障害はやむをえませんので大きく切除して、その後の治癒を期待します。その切除後の欠損部をお腹の筋肉や脂肪、皮膚や腕や脚の皮膚、腸を血管吻合して移植し再建します。当科ではこのような手術に150例以上の経験をもつ医師が治療にあたっており、このような高度の技術を要する手術も安心して受けていただけます。
緩和ケア 緩和ケアは末期患者の痛みをとるだけの治療ではありません。現在では治療の早期から様々な不快な症状や痛みを取り除く治療としておこなわれています。当科では、放射線化学療法の不快な症状を和らげるために、さまざまな工夫を行っています。当科では抗炎症剤や鎮痛剤をうまく組み合わせて経口摂取で治療を完遂できるかたが多くいらっしゃいます。医療用麻薬も積極的に併用しています。栄養的な配慮は十分に行い、栄養不足にならないように配慮しています。 また当院の緩和ケア外科の村上医師はこの領域での造詣が深く、共同で進行期、終末期の患者さんのケア、在宅医療への移行も積極的におこなっております。
(Last update 04/01/2021)
(2012/05/16)
顔面神経麻痺ではステロイドが有効
突発性難聴とは対照的に、顔面神経麻痺ではステロイド剤が有効であることが報告されました。 特発性顔面神経麻痺(最初に報告した英国人医師の名前から、ベル麻痺 Bell’s palsy とも呼ばれます) ではステロイドの有効性が証明されました。(Sullivan, Early Treatment with Prednisolone or Acyclovir in Bell’s Palsy., N Engl J Med 2007;357:1598-607.) この報告は無作為化比較試験の非常に信頼性の高い報告で、レベルの高いエビデンスを提供してくれました。
この研究では発症72時間以内の特発性顔面神経麻痺の患者さんにステロイド (プレドニゾロン1日25mg x2回、10日間)と抗ウイルス剤(アシクロビル400mg、1日5回)をそれぞれ投与する群と投与しない群で比較検討しました。その結果ステロイド投与群では3ヶ月時点の治癒率が83.0%で(非投与群で63.6%)、9ヶ月では94.4%(非投与群で81.6%)で、有意差をもって有効性が証明されました。一方坑ウイルス剤(アシクロビル)による治癒率の上乗せ効果はみとめられませんでした。
しかしながら現在の日本のガイドラインでは、ベル麻痺でも重症例では単純疱疹ウイルスなどの関与が示唆されるため、抗ウイルス剤を併用することになっています。水痘帯状疱疹ウイルスの関与がより強いハント症候群では抗ウイルス薬は必須の治療薬となっています。私たちはガイドラインも遵守しつつ、治療にあたっています。
顔面神経麻痺の回復がおくれて後遺症が残ると、患者さんの心理的負担は重大なものとなりますので、すこしでも治癒率の高い治療法が望まれます。今回の報告でステロイドの効果が明確になったことで、この疾患については自信をもってステロイド剤をおすすめすることができます。ただしステロイド剤が投与されない場合でもベル麻痺では、8割以上の方が完全治癒していることには留意すべきです。今後も私たちはこのような明確なエビデンスをもとに、皆様に良質な医療を提供できればと願っております。
(2012/05/16)
ステロイドに頼らない治療が充実―耳鼻咽喉科・突発性難聴―
日本での突発性難聴の治療はステロイド剤が中心ですが、多くの論文の治療成績を総合的に検討するメタアナリシスという手法で、実はステロイド剤が他の薬剤に比して優れているという証拠がないことが最近の論文で発表されています。(アメリカの雑誌の論文:Conlinら, Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2007;133:573-581.) ステロイド剤はいろいろな疾患に有効で有益なおくすりではありますが、有害な副作用が多いのも事実です。 たとえばリンパ球の働きを抑えるため感染症への抵抗力を弱めたり、消化管の潰瘍を誘発したり、高血糖をきたし糖尿病を悪化させる、うつ状態の誘発、また将来的に大体骨頭壊死のリスクを高めたり、二次性骨粗しょう症を誘発したりします。 当科では突発性難聴に対して標準的なステロイド治療も行っていますが、将来的な副作用も考えそれ以外の治療法も充実させています。 具体的には ・ ビタミン剤(B12, E,C)や循環代謝改善剤の投与 ・ 血管拡張剤(プロスタグランディン)や抗血栓剤(バトロキソビン、商品名デフィブラーゼ)投与 ・ 高気圧酸素療法(緊急的な治療の適応は、発症後1週間以内) などがあげられます。 これらの治療法にはそれぞれの利点と欠点があり適応も異なりますので、医師と充分相談の上希望の治療を、うけていただくことができます。ステロイド剤中心の治療に疑問を持つ方や、効果が不十分であった方はぜひ当科でご相談ください。
(2012/02/18)
過去3年間の厚生連高岡病院耳鼻科における耳科手術について検討してみました。
1.平成17年1月から平成19年12月までの3年間に耳科手術は145例、150耳施行されていました。男性80耳、女性70耳。平均年齢45歳でした。
耳科手術受けた150症例を病名ごとに集計すると以下の表のとおりとなりました。
慢性中耳炎
66
真珠腫性中耳炎
64
癒着性中耳炎
3
耳硬化症
3
中耳奇形
1
顔面神経麻痺
4
外耳道真珠腫
1
外耳道癌
1
その他
7
慢性中耳炎と真珠腫性中耳炎の症例がほとんどを占めることが分かります。
耳科手術症例150例に対して行われた術式は以下の表のとおりです。
鼓室形成術
80
鼓膜形成術
50
中耳根本術
5
乳突洞削開術
3
あぶみ骨手術
2
顔面神経減荷術
4
その他
6
選択された術式としては聴力改善を目的とした鼓室形成術と鼓膜形成術がほとんどです。